01
雨の音が体を打ち付ける。
雨の匂いがする。
ルイース・レガタスを、悲しみと寒さと絶望が包んだ。
皮膚に刺さる冷え、骨の内側まで染みてくる泥の重さ、耳元をかすめる罵声と石の音。
あの夜――彼は、魔法使いであることを理由に人間たちに殴られ、蹴られ、最後には投げ捨てられた。
視界は赤黒くにじみ、呼吸は浅く、脚が折れているのかどうかさえ確かめられない。
生きるための力が指先から抜け落ちていく。
「寒い……痛い……体が動かない。今日、ここで俺は終わりなのか……」
ぼやけた世界の縁で、ひとつの声だけが残った。
泣きそうな、けれど泣くことすら許されないような声だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい、何もできなくて……」
その声の主――アリア・カステラン。
彼女は、魔法使いの世界でも、人間の世界でも、同じだけ疎まれていた。
治癒魔法の本家でありながら、敵味方の境目を越えて人を救おうとしたからだ。
誰にも歓迎されないのに、それでも彼女は手を伸ばし続けた。
彼女の手がルイースの額に触れた瞬間、痛みの闇の底で、かすかな灯がともった。
命はまだ、彼の肉体から離れていかなかった。
――そして、年月が過ぎた。
深夜、激しい雷雨が窓を叩く音で、ルイースは夢から引き戻された。
心臓がまだ走っている。息がまだ胸に満ちる。
だが、あの日の雨はいつも同じ温度で蘇る。
彼は机の上の書状を掴み、指先に残る湿り気を確かめるように紙面を撫でた。
『カステラン一族 対人類戦争宣言書』
そこに記された言葉は、痛みよりも冷たかった。
アリアの死を根拠に、平和の道は終わったと断じ、魔法使いの未来を守るために武器を取ると宣言する。
魔法使いが主導する新しい世界を築き、人間の迫害から解放されるために団結せよ――。
ルイースは紙面を見つめ、喉の奥で苦いものを噛み砕いた。
噂は、カステラン一族が血統至上主義で、人間を軽蔑し、世界から一掃しようとしているというものだった。
だが彼は知っている。少なくとも、アリアが生きていた頃のカステランは、そんな単純な怪物ではなかった。
彼女ほど純真で、平和を信じた魔法使いはいない。
彼は誓っていた。
師の名誉を汚させない。
そして、師と交わした約束を守る。
――二つの世界の間に平和をもたらすという約束を。
月の薄光の下、古く神秘的なカステラン城は、魔法使い世界の最果てに黒い影を落としていた。
城主エーモン・カステランは城内で破滅的な実験を行い、狂気の計画を進めているという噂が渦巻いていた。
噂は風のように広がり、魔法使いの世界にも、人間の世界にも、同じ不安を撒き散らした。
ルイースは、ひとりではなかった。
名も姿も定まらない――けれど確かに“そこにいる”仲間たちと共に、彼は城へ踏み込んだ。
彼らは旅の途中で、やがてこの物語の核となる者たちと出会っていく。
見知らぬ女魔法使い、秘宝庫を守る魔女、そしてカステランの兄弟――。
その名が語られたのは、城の噂の中でだった。
ノラン・カステラン。エーモン・カステランの兄。
自由を求めて長く外を旅していたが、母アリアの死と城の異変を知り、遠方から戻ってきた。
弟エーモンに復讐を捨てさせようとしたが、逆に“止めに来た兄”として捕らえられ、牢へと閉じ込められたという。
彼らは正面突破を捨て、城の地形を調べ、隠された小道を探り当てた。
呪文を唱え、固い石壁に破砕術を施す。
石が崩れ、埃が舞い、冷たく湿った空気が肺に流れ込んだ。
そこは牢獄だった。腐った湿気と、長い孤独が積もった匂いがした。
ルイースは魔杖に灯をともす。室内の灯りを消し、杖先の光だけを頼りに進む。
奥には魔法の封印で閉ざされた鉄の扉が立っていた。重く頑丈で、年月の影響を受けた気配がない。
刻まれた封印は淡く光り、鋭い警戒心を持った鈍い気配を放っている。
攻撃魔法を放つと、鈍い音とともに弾き返された。
扉は微動だにしない。まるで冷たい守衛だ。
「……壁にあるこの巨大な魔力装置……」