始源の魔法院·振り返り小説

02

そのとき、隣の牢から声がした。

暗闇に響く、どこか皮肉めいた調子。それなのに、妙な余裕がある。

「誰だ?何だよ、せっかく気持ちよく寝ていたのに。もう少し静かにしてくれないか?」

杖先の光を向けた。鉄格子の向こう、影の奥に人影がある。

囚人にしては軽すぎる声。だが――この場所でそれは、逆に不気味だった。

「おやおや、客人のようだな。だが無駄なことは止めた方がいい。ここは牢獄なんだ。

そんな簡単に出られるわけがない。危険だから早く立ち去った方がいいよ。」

「お前は一体何者だ?」

「俺はカステランの元魔法研究員さ。ここで魔法の研究をしていたんだが城主の狂気じみた計画を知って、それを止めようとした結果、こうして閉じ込められた……もし助け出してくれたら、君たちを手伝うよ。どうだ?」

口は軽いが、内容は切実だ。

助けを求める者を見捨てることは、アリアの教えに背く。だが、ここは敵の城だ。罠の可能性は常にある。

「……いいだろう。どうすればその扉を開けられる?」

男は、嬉しそうに息を弾ませた。

「牢の上にある飛竜の石像を見たか?あれを全部破壊すれば封印は解けるはずだ。」

見上げると、確かに石像がいくつもある。発光する印がそれぞれ異なる色で灯っている。赤い印、青い印。

手掛かりは、扉の上に刻まれた図。赤は正面、青は下。魔法攻撃で向きを変えられる――仕掛けは単純だが、数がある。集中が要る。

だが、数が合わない。飛竜は四つしか見えないはずなのに、男は「五つある」と言う。

見落としか、隠し部屋か。

隣の牢獄に補助魔法を唱えると、錠の気配がほどけ、扉が軋みながら開いた。

中には第五の飛竜の石像と、亡骸。

手記には、孤独の記録と、観察結果が短く刻まれていた。

手記を読んだ瞬間、牢の空気がさらに冷えた気がした。

ここで死んだ者もまた、何かを止めようとしていたのかもしれない。

五つ目の石像を見つけ、条件を揃え、破壊する。

封印が解け、隣の牢の扉が、まるで息を吐くように静かに解放された。

男が現れた。

深い色合いのローブ――いや、肩を覆うのは手入れの行き届いた茶色のマントだった。

身なりは整い、金髪は滑らかに落ちる。囚人にありがちな怯えも疲弊も見当たらない。

鉄格子の内側にいたはずなのに、まるで自分の部屋でくつろいでいるかのような気楽さ。

その落ち着きが、この牢の湿気よりも不気味だった。

疑いを隠せなかった。隠さなかったのではない、隠せなかったのだ。

「……普通の囚人じゃないな。お前は何者だ?」

男は、わずかに頭を下げた。

「失礼。助けてくれてありがとう。俺の名は……ノラン・スコールウィス。この城の元研究員だ。――ところで君の名前は?何故ここに侵入してきたんだ?」

ルイースは名乗った。カステランを止めに来た、と。

次の瞬間、声の温度が変わった。

軽口の奥に、鋭い刃が覗く。

牢の中の男――ノランが、目を細める。

闖入者を値踏みするように、ルイースたちを静かに観察していた。

問いかけているのは外の者ではない。牢の内側から投げられる、冷静で容赦のない詰問だった。

「レガタス……?」

ノランの瞳が、一瞬、驚きに開かれた。

「あっ、まさかあのレガタス氏か?!」

だが、彼は続けて具体的な知識を語った。城の魔力装置を解除するためには特殊な刻印魔法が必要で、それを杖に注ぎ込むという。

「さあ、杖を出して。……ん……!はあ!!」

妙に大仰な呻き声とともに、三秒ほど魔力の転送が行われる。

ふざけているようで、その魔力の流れは精巧だった。杖の芯が、目に見えない手で研ぎ澄まされるように震える。

ルイースは息を呑んだ。

その感触は――アリアの魔法に似ていた。深く、やさしく、そして折れない強さがある。

その後の道は、ギミックの連続だった。封印を破り、八つの水晶を一秒以内に灯し、巨大な扉を開ける。

ノランは後ろから援護すると言って姿を消し、彼らは前へ進んだ。

――進むしかなかった。

次に辿り着いたのは、黒岩の魔薬調合室。