始源の魔法院·振り返り小説

04

荘厳な大広間。木製の展示棚に並ぶ魔法の品々。埃と魔力の香り。

そこに現れたのは、豪華なローブを纏う女魔法使い――シエル・チャーチルだった。

「北方大陸の教え子の中に、アリアが“最高の才”と褒めていた子がいる――ルイース・レガタス。実物はやはり只者じゃないわね。私は賢い人が大好きよ。_私の秘宝庫へようこそ。シエル・チャーチルよ。_ここで“あなたの答え”を見つけてらっしゃい。_もちろん――できるなら、だけど。」

「なら、俺がここに来た理由もわかっているはずだ。」

「あなたたちが欲しいのは――これでしょう?」

「その危険性はわかっているはずだ。無用な犠牲は望まない。」

シエルは水晶を掲げたまま、視線だけを書棚の影へ滑らせる。

「勇ましいわね。_でも私はカステラン様から“この呪文水晶を守れ”と命を受けているの。_許しなく人に渡すわけにはいかない_命令よ。そうよね?」

「えっ!? 見つかった?_あ~やっぱここ嫌いだわ。_みんな、あのデタラメ魔女を信じるな!_水晶はそこだ、早くあの邪悪な魔女を――」

「ノラン・スコールウィスか?_相手が好戦的でないなら、無益な傷つけ合いは避けたい。」

「傷つける? 誰を_その“お婆さん”を?」

「……お婆さん、ですって?_あら――ノラン・スコールウィス君、で合ってる?」

「えっ……!?」

「ここには“規則”があるの。_ここにある宝を持ち帰りたいのなら、一つの試練を越えてもらわないとね。」

「試練!?_ダメだ、引っかかるな!!」

「わかった。試練、受けよう。」

「いいわ。契約成立ね。」

秘宝庫の光が変わる。

これは戦いではない――真相へ辿り着けるかどうかを測る試練。

本が宙に瞬き、展示板の空白が、補助魔法に反応して浮かび上がっていく。

「安心して。私は好戦的じゃないわ。_試練といっても、あなたたちに“真実を見つける力”があるかどうかを見るだけ。_あなたたちが真相に辿り着けた時、呪文水晶の扉はもう一度開くわ。_答えは――この部屋のどこかに全部揃っているわ。」

部屋の前方――赤い台座の上に、四つの紋章板が整然と並べられていた。

♦、♥、♣、♠。

それらは最初から“ここに置かれている”。そして、この部屋の試練すべてに関わる鍵でもある。

壁際の展示板には、四つの紋章板の用途がまとめて記されていた。

紋章ごとに対応する装置、作動の条件、連動する機構――そして、数字の「7」と「8」もその説明の一部として明示されている。

中央の大アーチに埋め込まれた発光数字は、条件が揃うたびに姿を変え、正しい組み合わせへ導く“指標”のように明滅していた。

彼らは展示板の指示に従い、まず♦と♥の紋章板を用いて機構を起動する。

反応した装置が連動して大アーチの数字を変化させ、隠し収納が開く。

現れたのは《呪文水晶研究報告》と、欠片の形をした《記憶の鍵01》だった。

研究報告には、呪文水晶の本質が冷静に記されていた。

呪文水晶は、魔界の門を“抑え”、そこから溢れ出る魔獣を“制御”するための装置である。

ゆえに、ひとつだけを軽々しく破壊してはならない。

一基の破壊は、残る二基との魔力均衡を崩し、抑制の綻びを増幅させる。

その結果、魔獣が大量に溢れ出す危険がある――。

その文字が意味する重さが、部屋の空気を一段冷やした。

だからこそ、次のシエルの言葉は“脅し”ではなく、事実として響くことになる。

ルイースは、結論を拾い上げる。

「君の言う通りだ。_残りの二つも急いで破壊しなければ。」

遠くで、獣の怒号が聞こえた。

封が緩み、何かが増えていく――時間は削られている。

「あなたたちが探している“呪文水晶”は、もともと魔獣を抑え、この場所から出さないための制御具よ。_ところが、あなたたちがその一つを壊してしまったせいで、この地には多くの魔獣が溢れ出すことになる。_やがては、今あなたが救おうとしている人間界だけでなく、_私たち魔法界にも影響が及ぶでしょうね。」

「みんな、実はその_いってぇ!」

ノランが何かを言いかけた瞬間だった。

シエルは微笑を崩さないまま、指先を軽く払う。

空を裂くような魔力の一閃が走り、ノランの言葉を物理的に断ち切った。

「口元にはお気をつけあそばせ~。_さあ、みなさん、ごゆっくり“答え”を探しなさい。」

彼女は“急ぐな”と言いながら、逃げ道だけは与えない。

この部屋は、真実へ辿り着くまで閉じるつもりなのだ。

ルイースは、研究報告の結論を拾い上げる。

「君の言う通りだ。_残りの二つも急いで破壊しなければ。」

遠くで、獣の怒号が聞こえた。

均衡が崩れ始めているのなら、猶予は削られていく。

そのとき、展示板に残っていた♣の紋が、次の導線として浮かび上がる。

赤い台座から♣の紋章板を取り上げ、指定の装置へ嵌め込むと、機構が唸りを上げて起動した。

雷撃のような衝撃が走り、天井近くの黒竜石像が目を覚ます。

そして、低く古い声が秘宝庫に落ちた。

黒竜の詩は命令でもあった。

彼らは周囲の対応表を拾い、数字を角度へ変換し、杖の補助魔法で大羅盤の水晶を射抜く。

羅針は回り、止まる――“七”と“二”。

装置が噛み合い、書棚の一角が軋んで暗格が開いた。

現れたのは《カステラン家族の歴史》の古書と、《記憶の鍵02》だった。

古書には、カステラン城の成り立ち、家の象徴たる魔杖、そして現当主の情報が記されている。

――さらに、ある“名”が不自然に抹消された痕跡があった。

書面に残る欠落は、かえって存在を強調している。

彼らが助け出した男。

軽口を叩き、牢の中でさえ恐れを見せなかった男。

その正体と目的が、急に濁り始める。

疑念が形を持ちかけたところで、シエルが楽しげに針を刺した。

「そういえば……あなたたち、“カステラン様”をずっと探しているんでしたっけ?_本当はね、最初から“あなたのすぐそば”にいらしたのよ?」

「……何だと?」

「あ~やっぱり……。_違う、そうじゃなくて、俺は――_うわっ」

ノランが言い終える前に、また魔力の一撃が飛ぶ。

シエルは笑みを崩さず、言葉だけを落とす。

「だめよ~」

遮られた説明は、弁明ではなく“隠していた何か”のように聞こえる。

ルイースの疑念は、もはや霧ではない。

「そうか――やはり、すべての元凶は君か。」

「違う、そんなつもりは……_うあっ!_くそっ、シエルめ!」

「カステラン様、ここはお下がりください。_後は私に。」

「あははは――おもしろい茶番ね。」

「目的は何だ。」

「さあ?賢いあなたなら見つけられるかもね。_“人類の殲滅”こそカステラン一族の宿願……違うかしら?」

♠の装置が起動する。

窓辺の機構に黒桃の図案板をはめると、青い円形コアが露出し、魔力が溢れ出して部屋を照らす。

光は走り、位置を変える。彼らは走り、杖を振り、タイミングを合わせて撃ち抜く。

赤が白へ変わるまで、失敗は許されない。

封が解けた瞬間、小さな妖精が中心の書から飛び出し、記憶の欠片を奪って高所へ逃げた。

彼らは吊り灯の陰を探し当て、何度も杖の光を叩き込む。

追い詰められた妖精は甲高い声を上げ、逃走の勢いのまま書棚へ激突した。

――その衝撃で、書棚の継ぎ目が弾ける。

隠されていた暗格がずれ、内部から小さな欠片が転がり落ちた。

《記憶の鍵03》。

妖精はしぶしぶ欠片を返し、光の粒となって消える。

彼らは三つの欠片――《記憶の鍵01》《記憶の鍵02》《記憶の鍵03》を合わせ、完全な《記憶の鍵》を形作った。

さらに魔力を注ぎ込むと、鍵は微かに脈打ち、封じられていた“真相”へ繋がる準備が整う。

取り戻された“記憶の灯”は花窓の四分割へ吸い込まれ、像を結んでいく。

アリアの願い。

誤解と憎しみの時代。

癒しの手。

最期の言葉。

そして母を失った兄弟が復讐へ傾く理由――。

断片は、もはや断片ではなくなっていた。

断片が繋がり、秘宝庫の空気が“真相”の形で静まっていく。

「ふふ、最後の答えに辿り着いたようね。_合格よ。これで試練はおしまいよ。」

「それがお前の狙いか。――俺に“カステランを止めろ”と?」

「その一基を壊しても、実のところ大勢に影響はないわ。_頂上の天文台の呪詛水晶が稼働している限り、今の努力は“無に帰す”。_あれはエーモン・カステラン御自らが守っている。_もしそこへ向かうなら――覚悟なさい。命を賭す試練になるわ。」

ルイースは短く答える。

「……魔女シエル、礼を言う。」

彼らは水晶へ破壊の呪文を放った。

砕ける音。眩い光。魔力の波動が部屋を震わせる。

だがシエルの告げた通り、これで終わりではない。

頂上の天文台――そこに残る核こそが、計画の中心。