03
広い部屋に浮遊するロウソクが灯り、暖炉の火が揺れる。薬品と書物が整然と並び、空気には濃厚な薬草の香りが漂う。
だが、その穏やかさは、鉄格子の奥に埋め込まれた微かな輝き――呪文水晶の気配で一変した。
そのとき、影の隅から声がした。
冷たく、刃のような声。
「あんたたち……何者?」
現れたのは、見知らぬ女魔法使いだった。
鋭い眼差しと、洗練された立ち姿。影の中でもその気配は揺らがない。
彼女は「ここで探している相手がいるだけ」とだけ告げ、余計な争いは望まないと言った。
名も素性も明かさないまま、距離だけを正確に保っている。
刻印魔法の気配を嗅ぎ取った瞬間、その瞳がわずかに揺れた。
「その魔法……封印も解けるのねっ?!」
鉄格子の鎖を補助魔法で断つと、奥から異様な気配が噴き出した。
「これが呪文水晶か……」
ルイースが言い終わるのと同時に、彼女は眉をひそめる。
「嫌な気配がするわ。」
そして短く、鋭く告げた。
「気を付けて……!魔法使いさん!」
水晶の光が揺らぎ、そこから守護魔霊が飛び出す。煙のような身体、冷ややかな青い瞳。ローブが風もないのに舞い上がり、背筋を凍らせる。
ルイースは攻撃する。だが、効かない。
どれほど魔法をぶつけても、敵のシールドは貫けず、逆に反撃で仲間が傷つく。
「駄目!このままじゃ……!離れて!」
彼女が特殊な魔法を放ち、守護魔霊を一時的に退けた。
その隙に、彼女はノランの名を聞いて顔色を変える。
「はあ……?ノランの奴、やっぱりまだ生きてやがったのね。しかもスコールウィスを名乗るなんて!どこで会ったの?」
彼が危険だと示唆するように言う。だが同時に、今の力では守護魔霊を倒せないことも理解していた。
必要なのは、杖への加護。
アリアの魔薬調合室には手がかりがあるはずだと。
「ここには非常に強力な魔法の書がある。それを見つけ出しましょう……!」
彼女が呪文を唱えると暖炉に火が灯り、壁にトーテムが浮かび上がる。数字と魔杖の図、雷属性魔法調整器。
稲妻の電弧が壁に走り、その位置を狙って魔法を放てば、隠されたレンガが開き、紙片が現れる。薬棚の棚番号、段数。
図案を合わせ、暖炉の台座のギミックを回す。
一つひとつの正解は、部屋のあちこちに散っている。
まるでアリアが、未来の弟子たちへ残した宝探しのようだった。
やがて隠し収納が開き、一冊の書が現れる。
一冊の古びた魔導書。そこには、護魔霊に対抗する「聖霊加護」が記されていた。
ただし、発動には特殊な晶石が必要だという。
レシピは四つ。
基礎溶解、コア融合、バランス安定化、究極の活性化。
調合が正しければ、透明な晶石の内部に黄金色のルーンが流転する。
彼女の指示で材料を集め、炉に入れる。間違えれば格子が開き、素材が戻る。
やり直せる仕組みは、救いのようで残酷でもある。何度でも挑戦できる分、失敗の責任は自分たちに返ってくる。
成功したとき、白い光が炉内で膨らみ、晶石が生まれた。
彼女は息を呑み、そして笑った。
「上出来!」
晶石を台座に置き、彼女が呪文を唱える。
「アマルガメート!」
三秒。魔力が奔流となって杖へ流れ込み、杖が激しく震える。空気が震え、光が膨張し、彼らの影が壁に踊った。
再び守護魔霊へ。
今度は、魔法が通った。盾が割れ、敵の身体が揺らぎ、やがて霧のように散る。
守護魔霊の消滅とともに、呪文水晶へ攻撃を加える。
水晶が砕け、石板の光が消える。
ルイースは、思わず呟いた。
「アリア先生……」
その名が、彼らの背中を押した。
だが同時に、破壊の音は遠くの闇へ合図を送った気もした。
去り際、彼女はぽつりと名を落とした。
「……エーモン」
その一言に、ルイースの思考が止まる。
止めるべき相手の名なのか、守るべき誰かの名なのか――判断がつかない。
胸に刺さる痛みではなく、霧の中に新しい道標だけが増えたような、乾いた疑問が残った。
次なる舞台は、禁断の秘宝庫。